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帰蝶が目覚めた時、あやめが心配そうな顔で覗き込んでた。
「だいじょうぶですか?」
一瞬なにが起きたのかと考えを巡らせて、なぜ自分は生きているのかと思う。
「とのさま…」
その時あやめが振り返って声をかけた相手が、座ったまま障子に寄りかかってこちらを見ているのに気づいた。
「大丈夫か」
問われて帰蝶は肯いた。
どれくらいの時間が経ったのか、明るい外は朝も早い時間ではないようである。
興奮した気持ちは落ち着いていた。
信長も穏やかな表情をしている。
「お出かけにならなかったのですか」
毎日信長は朝早くから出かけて帰らない。
鷹狩だとか、城下の見回りだとか言っては同じような若い家臣だけを連れて飛び回っている。
帰蝶は信長が本当は何をしているのか知っていた。
見回りといっては城下で若い者を物色して、体格のいいものや機転の聞く者を連れてくる。
その者たちを家来に加えては、今度は野山を駆け回り、河原や山の中で合戦の真似事をして実践の訓練をさせていた。
子供の戦争ごっこと思ったら大間違いだ。
帰蝶はその様子を美濃に居る時に、遠くから何度か眺めたことがあった。
ぼろ布を纏ったような子供たちが、本来の小姓達に混じって一人前に戦うのを何度か見た。
その異様な光景に惹かれて、そして信長に興味を惹かれた。
強烈な印象を帰蝶に与えたのだ。
「悪かったな」
ふとその声に現実に引き戻された。
帰蝶に乱暴をしたことを謝っている。
あの信長が、だ。
「いえ…私は大丈夫ですから、お出かけになっても…」
「今日はここに居る」
信長の即答に、
「もうあんなことはしませんが」
帰蝶は信長を見詰めかえした。
信長が帰蝶をどうするつもりなのかわからないが、いまさらどうしようもない。
「お願いがあるのですが」
「なんだ」
下がらせたあやめを伺って帰蝶は頼んだ。
「あやめは帰してやって頂けませんか?」
信長は腕を組んだ。
「お前のことを知っているのだろう」
「ですが、あやめは悪くないので」
帰蝶は食い下がった。
信長は黙っている。
「と…の…」
なんだというように信長が見た。
「なぜ、黙っていらしたのですか」
きのうは興奮していたが、やはりなんだか腑に落ちない。
どうしても聞きたいと思った。
信長は帰蝶の枕元までやってくると、腰を下ろした。
この男を恐いとは思わない。
みんなは乱暴者だとかいって、家臣の中にさえ怖がるものが居るらしいが帰蝶はそうは思わなかった。
けれど、いまの信長は帰蝶と何よりもあやめの命を握っていた。
帰蝶はせめてあやめのことは助けたいと思っていた。
「初めて会った時に見た」
「はい…」
帰蝶はやはり、と思っただけだった。
「だが…」
「はい?」
「信じられなかった。胸が平らだったように見えたんだが、まさか…とも思ったし、半信半疑だった」
「なぜ聞かなかったんですか?」
「面白いかと思って」
「はぁ?」
「男みたいに胸が小さい女なのか、それとも女にみえる男なのか。どちらにしても面白いと思ってな。しばらく様子を見てみようと思った」
知っていて、確信があってわざと知らないふりをされているのかと思ったが少し違うようである。
「それで…どうするつもりだったのですか?」
少しの安堵と、そして冷たくなる胸のうちをかくして帰蝶は聞いた。
「遠乗りに誘ったのは試したのもあった」
(やはり…)
「あそこまで俺に付いてこられるのはなかなかだ。女ではちょっと無理だと思った。なにが目的なのかは…」
そこで少し言葉を切って信長は帰蝶を見つめた。
帰蝶も負けずに見返した。
「どうしてきたのかはわからないでもない。でもお前を試してみたかったのも確かだ」
「私を試す?」
「そうだ」
「なにを試すのです?」
きょとんとした帰蝶を見てフフッっと信長は笑った。
「どこまで根性が…据わってるか…かな?」
そう言うといきなり信長は帰蝶に掛けられていた薄掛けをめくると自分も隣に入ってきた。
とっさに帰蝶は逃げを打つ。
これはもう本能だった。
信長のような男は獲物を狩るような雰囲気が常にある。
同じ男でも帰蝶とはまったく違うのだ。
哀しいというよりは、これは圧倒的な『差』でかなうなどとは思っていない。
だから攻撃的に出られるととっさに身体の方が逃げて守りに入ってしまう。
昨日のように向かっていくのはかなりの精神力が必要だった。
今朝はもうその元気はない。
逃げるしかなかった。
だが信長に腰のあたりをしっかりと捕まれて引きずり戻されてしまう。
なにかわからない恐怖があった。
こんな思いをしたのは初めてだった。
昨夜の記憶があるからかもしれない。
組み敷かれた時の信長は本当に恐かった。
彼に恐怖を抱いたのはあの時がはじめてだった。
それが甦る。
「やめて…」
口調が哀願になっていた。
「逃げるな」
「いやっ、やだぁ…」
叫んで、再び帰蝶は混乱していた。
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